こうして私は主夫になった、、、

表現者を目指して最終的に主夫となった男のブログ

No,100 100回の節目、主夫の生み出すもの

苦しいタイトルをつけてしまったと自分でも思う。

しかし、今回は記念すべき100回目のブログだ。

たまには真面目な内容も悪くないだろう。

今日のブログは、主夫である方ならきっと賛同していただけると思う。

 

さて、突然だか、一度主夫というキーワードでGoogle検索をしていただきたい。

私と同じようなブログを運営している人は結構多い。

体を壊して主夫にならざる負えなかった人。

奥さんの収入のほうが遥かに良いが故に主夫を決意した人。

中には、京大を卒業後、主夫になった方もいる。

人それぞれというわけだ。

 

主夫というのは意外と孤独である。

理由としては、まだまだ主夫の社会的地位が確立されていないからだ。

男は働き、女は家を守るという方程式が完全に崩れ去ってはいないのである。

女性が社会に出るというのは今から何年も前に当たり前になっている。

しかし、男が家を守ることは未だ世間一般の常識からは離れているのである。

主夫になって、数ヶ月が経つが、未だ初めてあった人に「主夫なんです」と言えば驚きの表情を向けられてしまう。

そんな時、私は孤独を感じてしまうのだ。

 

主夫は何も生み出さないと思われがちかもしれない。

確かに金儲けをしているわけでもなければ、何かを作っているわけでもない。

しかし、人である以上、何かを生み出そうと必死なのである。

では、主夫は何を生み出しているのか?

私はこう考える。

それは”愛”である。

綺麗事かもしれないが、これが事実である。

事実であると信じたい。

 

古の時代から、親は子に愛情を注いできた。

兄弟愛もそうだ。

親友同士の友情も愛の一つであろう。

最近では、インターネットを使って間接的に友達を作ることも可能である。

様々な通信技術が発達した昨今であっても、普遍的なもの、、、

それが”愛”なのである。

 

世間の主夫・主婦の皆様。

そしてそうじゃない皆様。

悩める時は是非このブログに遊びに来て欲しい。

これからも私は笑えて、愛のあるブログを書き続けるつもりである。f:id:syufuninaru:20180819073544j:image毛虫に枝だけにされた薔薇もこの通り。