こうして私は主夫になった、、、

表現者を目指して最終的に主夫となった男のブログ

No,74 他人の一言

近子育ての内容が多くなってきている。

しかし、このブログは「こうして私は主夫になった、、、」である。

書き始めた時は、

私自身の過去を赤裸々に書こうと計画していたことを思い出した。

そこで今回は、久しぶりに私の過去を記述しようと思う。

私の過去も参考されたい。)

 

今となっては、その事実を知っている方はこのブログの読者だけになってしまったが、私は以前、プロのミュージシャンを目指していた。

 

しかし、私のように音楽を生業にしようとしている人間はごまんと存在する。

そのうちにバンドは解散してしまい、

いつしか私は、ただの無職となってしまったのである。

 

新卒のカードを捨てた私にはもう、周りの友人たちのように、

大手企業に入る術は残されていなかった。

音楽を諦めた私は、何もする気になれなかった。

それでも親に大学まで出してもらっているのである。

なんとか正社員の仕事を見つけなければならない。

そこで私の就職活動が始まった。

まず私は、正社員としての仕事が決まるまでの、つなぎのバイトを探し始めた。

そのバイトの面接で、私は一生忘れられない一言を貰い受けたのである。

 

そこは、学生を相手に安い定食を提供する定食屋であった。

電話でアポイントを取った私は、

履歴書片手に昭和の香りたっぷりの引き戸をガラガラと開けた。

定食屋はそれはそれは古めかしい、様々な調味料のシミが染み付いた内装をしていた。

漫画めぞん一刻に出てくる五代君の実家のようであった。

と、店主と思われる女性が奥から現れたのである。

「電話の子?」

年の頃は40後半といったところであろうか?

恰幅のいい、声の大きなおばさんであった。

私の受けたその女性の第一印象は、すこぶる悪かった。

「座って。」

私は目の前においてある使い古された木製のテーブルに座るよう促され、

それに従った。

「履歴書は?」

前日の晩に作成して履歴書を手渡す私。

女性は私が苦労して作った履歴書を乱暴に広げ、

しげしげとその中身を見た。

「あんた、卒業して何やってたの?」

「恥ずかしながら、ミュージシャンを目指して活動していました。」

夢を諦めた人間にとって、

履歴書の空白を説明するのは堪え難い屈辱である。

私は両膝の上で拳をぎゅっと握りしめ、

勇気を振り絞って空白期間の説明をした。

 

夢を追っていたのだから、決して恥ずかしいことではない。

それが当時の私の言い分であった。

しかし、女性はこう言い放ったのであった。

「あんた、ミュージシャンになるなんてそんな夢みたいなこと…。覚悟してやってたんだろ?誰にも文句言えないね。」

”一体何が言いたいのだこの女は???????”

私は突然の女性の人とことに「はぁ」と戸惑いの相槌を打つのが精一杯であった。

 

人の夢を馬鹿にするような人間はろくな人間ではない。

私は今でもそう思っている。

本当に悔しい出来事であった。

 

当然、ここのバイトはこちらから丁重にお断りした。

そして、それから一度もその店の前を通ったことはない。

 

その後私は、様々な企業の入社試験を失敗し続け、

田舎に移住することとなるのだが、

それはまた別の話である。f:id:syufuninaru:20180724075113j:imageさつまいもが黒斑病になってしまった…。あと、ツイッターを始めた。興味のある方は是非@syufuninaruで検索願いたい。