こうして私は主夫になった、、、

表現者を目指して最終的に主夫となった男のブログ

No,70 蜘蛛の糸とオマル

児のトイレ教育にはオマルが必要不可欠である。

しかし、オマルの活用法はそれ以外にもあることが、

今日朝一番にわかった。

 

私はド田舎の一軒家に住んでいる。

ド田舎は土地が安いために、

間取りを広く取ったり、

部屋数を多くしたりする家が多い。

トイレも二つ三つは当たり前なのである。

しかし、そんな中、

私の家にはトイレがたった一つしかないのである。

 

トイレの数…。

それは忌々しき問題なのであることを、本日理解した。

 

朝起きたらトイレに行きたくなる。

それはぐっすり眠れるように、

人間の本能が尿意や便意を抑えているからだという。

 

本日の私は、起きるや否や便意を催してしまった。

おそらく、この暑さのために昨晩冷えたジュースを飲みまくったからに違いない。

私の腹は、猛獣の唸り声の如く、

グルグルと唸り始めたのである。

 

外で腹を下したのならば、絶体絶命のピンチであるが、

ここは家の中である。

私はホッと胸をなでおろし、

悠々とトイレまで歩いた。

 

しかし、その直後、猛スピードで小さな影が私を横切ったのである。

そう、娘である。

「あっ」

と声を出したが、時は既に遅し。

娘は便器に腰を下ろしたのであった。

 

始め私は、娘のトイレが終わるまで待っていようと思ったが、

そのうちにそうはいかなくなった。

どんな堅牢な城や関所でも限界があるように、

私の関所も限界がきてしまったのである。

 

しかし、神様は絶体絶命の私に最後のチャンスをくれた。

さすが神。

蜘蛛の糸でカンタダを助けただけはある。

 

もうお分かりだろう。

そう、もうダメだと思ったその時、

私の目にオマルが飛び込んできたのだ。

我慢が限界になった人間は視覚が麻痺するものである。

私は一瞬、そのオマルの形状が、

人類史上最高の芸術作品にすら見えた。

 

私は32歳のいい大人である。

オマルを使うということに抵抗がなかったわけではない。

とはいえ、あの時の私はそんなプライドすら捨てざる負えない状態であった。

結局、私は娘と向かい合わせになるように、

オマルに腰掛けたのである。

 

その姿を見て娘は大笑い。

そして大声で妻を呼んだのであった。

「ママ見てー!パパがオマルでウンコしてる!」

直後、トイレのドアは豪快に開けられることとなった。

振り向くと息子を抱いた妻が大笑いして立っていた。

 

オマルで用を足しながら後ろを振り向く私…。

大笑いする妻と子供達…。

父親としての威厳はもろくも崩れ去り、

私のプライドもズタズタに切り裂かれるのであった。

 

蜘蛛の糸で、最終的にカンタダを捨てた神は、

今回も、最後の最後に私を地獄に突き落としたのである。

 

これから家を建てる人がいれば忠告しておこう。

トイレは二つ以上ある方がいい。

絶対にだ。f:id:syufuninaru:20180720075829j:image朝顔かがやっと咲いた。