こうして私は主夫になった、、、

表現者を目指して最終的に主夫となった男のブログ

No,51 リアルはらぺこあおむし

瓜の苗を植えた。

マルチを買い、

ネットを買い、

支柱を立て、

我ながら完璧に胡瓜の成長の準備をした。

苗にはあおむしがついていた。

 

以前、私の子供がいかにはらぺこあおむしのファンであるかはNo,44で記述した。

私の家には、はらぺこあおむしの絵本が二冊あるが、

内一冊はページがバラバラになり、

どれだけ読み込まれたかわかるほどに痛んでいる。

 

そんな子供たちの前に昨日、リアルなあおむしが現れたのである。

上の娘は手を叩いて大喜び。

下の息子は怪しげなダンスを踊り大喜び。

当然ながら、あおむしは子供達の手によって囚われの身になってしまった。

はじめはバケツに入れ、

その胡瓜の葉を咀嚼する姿を見ているだけであったが、

突然娘が「飼いたい。」と懇願してきたのである。

 

子供にめっぽう甘い私である。

娘のそのセリフに「よっしゃ」と意気込み、

飼育籠を買いに、私は百円均一へ車を走らせた。

 

その後、私と子供たちはしばらくの間、

虫飼育籠に囚われたあおむしを観察することとなる。

 

しかし、昆虫たちにとって子供というのは捕食者よりもたちの悪い天敵である。

触るなと言っても触るし、

飼育籠を揺らすなと言っても揺らす。

挙げ句の果てにあおむしの食べる事のできないクッキーを飼育籠に入れる始末である。

あおむしはどんどん衰弱していくのであった。

 

はじめは私も子供達と一緒に、

あおむしを観察していたのだが、

私も人の子である。

徐々にいじめられるあおむしが可哀想になってきた。

 

だが、楽しく遊んでいる子供達を無理に止めるとなると、

号泣する子供達を覚悟しなければならない。

それはあまりにも面倒である。

私は心の中で、小さな命をとるか、

面倒な子供の相手をとるか葛藤していた。

 

だが、子供の集中力なんぞ、数十分が限界である。

我慢すれば、あおむしも帰還する可能性は十分にあるのだ。

 

その後、私が思った通り、子供達はあおむしの観察に飽き、

あおむしは私の手によって、畑に戻されたのである。

私は一つの命を守れた安堵により、

ようやく一息つくことができた。

 

しかし、夕方になり、子供達は突然あおむしの存在を思い出してしまった。

最悪の事態である。

当然子供達二人は号泣することとなる。

 

あおむしがいじめられる予想がつかなかった私。

子供達の号泣する事態を予想できなかった私。

昨日はいろんなことが噛み合わない1日となってしまった。f:id:syufuninaru:20180702081723j:image胡瓜を植えた。