こうして私は主夫になった、、、

表現者を目指して最終的に主夫となった男のブログ

No,50 小説家になろうと思った私

し振りに私の昔について記述しようと思う。

ミュージシャンを諦めた私は(詳しくは私の過去をご覧頂きたい)、

田舎に移住しつつもなんとか表現者になる道を探していた。

そして文学にチャレンジするのである。

 

以前、ポエムを書き留めていたことは書いたと思うが、

文章での表現に少し慣れてきた私は、

とうとう小編小説にチャレンジすることに決めた。

 

初めて書いた文学作品は恋愛小説であった。

当時の私は何故か吉本ばなな村山由佳北川悦吏子などの作品にはまっていた。

外見は男でも心は乙女であったのである。

 

当時書いたMicrosoftのWordファイルは、

古いパソコンを引っ張り出してきたら、

まだ奥深くに息を潜めていることだろう。

しかし、そのファイルが開かれることは今後一切ないと思う。

理由は恥ずかしいからである。

あのファイルを見るということは羞恥プレイ以外の何物でもない。

「好きだ」

「愛している」

「こんばんどう?」

「俺の顔が君の瞳に映っているよ。」

まるでバブル期のトレンディドラマみたいなセリフが所狭しと書いてあるのである。

おそらくこの文章を読んだら、

私だけでなく、

読んだ本人も恥ずかしい気持ちになること請負である。

(しかし、世に出ている恋愛小説家の作品というのは歯の浮くようなセリフが平気で書かれている。そんなセリフに慣れ親しんだ人からすれば普通の表現かもしれない。)

 

初めての小説は二ヶ月ほどで完成した。

文量で言えば文庫本40ページ程だと思う。

文字量で言えば数万字…。

初めてにしては結構頑張った方である。

完成した時、私は推敲すら行わず、

完成した作品のタイトルを見て、

悦に浸っていた。

本気で直木賞が狙えると思っていたくらいである。

直木賞でなくとも、すばる文学賞やポプラ文学賞なら受賞できると思っていた。

当時の自分を客観的に見るチャンスがあれば、

こう注意するだろう。

「作家を真面目に目指している方に謝れ」と…。

 

その後、その作品は、

どこぞのラノベ文学賞に送られることとなった。

その文学賞は、

プロット構成やキャラクタ設定、表現力などといった項目を挙げて、

星五つ評価で作品を評価してくれるという、

おまけ付きの文学賞であった。

しかも賞金が結構な金額であった。

バカな私は、書き留めで作品を郵送すると同時に、賞金の使い道考えていた。

当時の私は大型バイクが欲しかった。

昔、HONDAシャドウスラッシャーに乗っていただけあって、

ハーレーダビットソンに憧れていたのである。

しかし、その結果、HONDAカブ50CCすら買えない結果となるのであった。

 

数ヶ月後に私の手元に届いた一通の封筒…。

授賞式の日程が書いてあると本気で思っていた私は、

ワクワクしながらその封を切った。

しかし、そこに書いてあったのは、

見事に全ての項目において、

星ひとつのオール1の通信簿であった。

中学校からそこそこ学業成績のよかった私は、

後にも先にも初めてオール1の通信簿を手に入れたのであった。

 

ちなみに私は、第1作目の作品をかなり後に読み直したことがある。

1ページ目から吐き気を催してしまい、

推敲する気にすら慣れなかった。f:id:syufuninaru:20180630112550j:imageナスが食べごろである。