こうして私は主夫になった、、、

表現者を目指して最終的に主夫となった男のブログ

No,47 涙と成長

子供というものは、親が思っている以上に成長しているものである。

昨晩、風呂の時間にこんな事があった。

 

私は体を洗うとき、石鹸をしっかり泡立たせ、

きめの細かな泡を利用して体を洗うのが大好きなタイプである。

昨晩の私はいつものごとく、

子供たち(私の家は一姫二太郎である)を湯船に入れ、

必死に石鹸を泡立たせていた。

そんな時、上の娘が満面の笑みで洗面器一杯の湯を私にかけてきたのである。

当然、作った泡は排水溝に流れて行き、

私の手元には僅かばかりの泡だけが残留した。

 

一度や二度なら、私も仏のようにニコニコと

「そんなことしちゃダメ」

と注意するだけなのだが、

昨晩の娘は三度も四度も同じことを繰り返してきた。

仏の顔も三度まで…。

四度目に湯をかけられた時、私は思わず声を荒げて注意してしまった。

案の定号泣する娘。

鳴き声は風呂の壁に何度もぶつかり、

見事なエコーを奏でていた。

 

私は、少し言いすぎたと思い返し、娘をフォローしたのであるが、

時既に遅し、風呂に上がるまで娘は泣き続けてしまったのである。

 

娘は私に怒られた時、

拙い日本語で、自分がいかに正当な行いをし、

私がどれほどの悪行を行ったかを妻に説明するのが常であるが、

昨日の娘は今までと少し違う説明をしたのである。

 

一言一句娘のセリフを覚えていないが、

記憶の限り書きにその内容を記す。

「あのね、私が悪いんだけどね、パパもね、初めはね、笑ってね、注意してきたからね、怒ってるってね、わからなかったの。」

娘の拙い日本語も相まって、私はいたく感動してしまった。

 

いつもなら、パパが悪いと自分を全力で擁護するのに、

昨晩はまず、自分の非を認めたのである。

いつまでも子供だと思っていたが、

娘は私が思った以上に大人の階段を登っていたのである。

 

私は自分の行いを恥じた。

まだ5歳になって間もない子供である。

笑顔で注意したら、その注意が本気なのか冗談なのか区別がつかないのは当然のことだろう。

笑顔で注意されたら、それは冗談だと思ってもなんらおかしい事ではない。

きめ細やかな泡を無にされただけで熱くなる私の方が子供ではなかろうか。

 

5歳…。

所詮子供だが、されどもう5歳なのだ。

もし、次回同じような事があれば、注意の仕方を考えなければならない。

娘の成長に驚愕した瞬間であった。

 

話は変わるが、娘が父親と一緒に風呂に入ってくれなくなる日はそう遠い未来ではないだろう。

一緒に風呂に入ってくれるこの瞬間を大事にしなければならない。f:id:syufuninaru:20180627081301j:image強風で

ピーマンが折れてしまった。ショックである。