こうして私は主夫になった、、、

表現者を目指して最終的に主夫となった男のブログ

No,29 再び就職活動

ない所であった、忙しくて本日のブログ更新を失念する所であった。

今日は

’こうして私は主夫になった、、、’

のメインである、主夫になるまでの過程を一旦締める内容を書こうと思う。

 

仕事で精神的に追い詰められていた私は、とりあえず辞職することを決意した(意味のわからない方はNo,23 No,24 No,25を参照されたい)。

そして私は、31にして再々就職活動を開始するのである。

 

まず、結果から話そう。

再々就職活動はうまくいかなかった。

このブログで何度も紹介しているが、私の在住する街はド田舎である。

都会にお住いの方は想像できないかもしれないが、

それはそれはひどい田舎で、右を歩けば畑が広がり、左を歩けば田が広がる。

都会の疲れを癒すには最適な場所なのであるが、

如何せん仕事が少ない土地でる。

つまり、仕事が自分に合わないからといって、ホイホイ職を変えるのは困難な土地なのである。

それでも選ばなければ仕事はある。

選ばなければというのは、給料が極端に安かったり、

年金を負担してくれなかったり、

雇用保険に加入してくれないといった企業はいくらでもあるということだ。

私は、自分の都合で仕事を辞したにも関わらず、

プライドだけはやけに高かった。

ある程度文化的な生活が送れる仕事に就きたくて仕方なかった。

しかし、そのプライドが自分自身を追い込んで行くこととなるのである。

 

この度の就職活動において、私はそこまで多くの求人に応募したわけではなかった。

以前の仕事で精神的に疲弊していた私は、

何度も何度も不採用通知を受け取るほど、心に余裕がなかったのである。

数社受けただけで私の体力は限界に達していた。

そんな時、私の妻が私を救ってくれた。

 

「そこまで無理して就職する必要ってあるの?いまの世の中インターネットで起業したり副業したりする人もいるのに、そんなに追い詰めてまで就職しなくていいんじゃない?」

 

私は涙が出そうであった。

好いた惚れたで結婚した妻は、最後の最後まで私の味方であったのだ。

家族の絆というものは、本当に強いものであった。

私は毎晩毎晩、妻と今後について話し合いを続けた。

 

こうして私は主夫になったのである。

 

いまの私は主夫として充実した生活を送っている。

以前のブログでも書いたが、

体を壊してまで仕事をするのは間違っている(と私は思う)

人生いろいろと島倉千代子も歌っていた。

まさにその通りなのだ。f:id:syufuninaru:20180609180726j:imageトマトが元気である。