こうして私は主夫になった、、、

表現者を目指して最終的に主夫となった男のブログ

No,3 社会の荒波

ュージシャンを諦めた人間というのはとても弱い存在である。

理由は音楽というものがとても強い武器だからである。

音楽をしていれば、就職していなくても、殆どプー太郎のような生活をしていても、

「夢に向かっているからさ」とか、「昔から下積み時代なんてこんなものだ」

などと言って将来への不安を誤魔化すことが可能なのである。

しかし、ひとたび音楽をやめると、甲冑を脱ぎ捨てた栄養失調の武士の如く、

貧弱なのである。

もちろん私も例外ではなかった。

資格はない、キャリアもない、音楽以外にやりたいことがない三重苦の私にとって、

社会は厳しいものであった。

そんな私でも、いつまでもダラダラしているわけには行かない。

私は24歳にしてようやく重い腰をあげ、就職活動に挑戦したのである。

その後、私が社会というのは厳しいものであるということに気がつくまで、そう時間は要さなかった。

 

世の中はリーマンショックという未曾有の不景気にみまわれていた。

そんな中、特に目標もやる気もない社会人未経験の若造が就職活動をするのだ。

これは、大海原にイカダを浮かべるようなものであった。

間抜け。

この言葉が当時の私にはピッタリの言葉であろう。

私は音楽という甲冑を脱ぎ捨て、リクルートスーツに身を通した。

髪の毛は見事に短髪爽やかリクルートカットになった。

そして私は面接に挑むのである。

しかし、読者の予想通り、結果は散々たるものだった。

 

何社も何社も面接を受け続けた私は、いつしか政令指定都市で仕事を探すよりも田舎に行ってのんびり過ごしたいと思うようになる。

そう、この決断こそが、後に主夫になる運命の分かれ道であった。