こうして私は主夫になった、、、

表現者を目指して最終的に主夫となった男のブログ

No,66 熱中症になるほどの暑さなのに…。

い。

毎日本当に暑い。

暑すぎる。

 

にも関わらず、私の子供達(私の家は一姫二太郎である)は阿呆パワー全開である。

暑いにも関わらず、昨晩の我が子は、

大喧嘩をしたのである。

 

その理由は実につまらない。

スーパーボールの取り合いが発端である。

断っておくが、プロレタリアート階級で、金のない我が家であっても、

喧嘩をしない程度のスーパーボールは買い与えている。

通常であれば、喧嘩なんぞ起こるはずがないのである。

しかし、それでも喧嘩をするのが子供というものである。

スーパーボールは大量にあるというのに、

運悪く、好みのスーパーボールが同じであったのだ。

そのスーパーボールとは、

透明な樹脂の中にスパンコールのようなキラキラとした星がいくつも入った、

それはそれは子供受け間違いなしのスーパーボールであった。

考えても見れば、私も幼き頃、

同じようなデザインのスーパーボールに強い魅力を感じていた。

いつの時代も子供達の憧れというのは変わらないものなのだ。

だが、昨日の喧嘩はなかなか洒落にならないものであった。

 

なんと、息子が娘の顔を引っ掻いたのである。

まさに家庭内暴力である。

DVである。

思わず私は激昂してしまった。

 

自分で我が子のことを評価する事は、

恥じ入る行為であるのは重々承知だが、

我が娘は、それはそれは愛くるしい顔をしているのである。

吉永小百合天地真理松田聖子相田翔子広末涼子新垣結衣有村架純も、

私の娘の前では無力に違いない。

(親バカと思って、優しい目で文章をお読みいただきたい。)

 

にも関わらず、息子の爪は娘の顔をクリーンヒットしたのである。

当然、娘は号泣。

顔には生々しい引っ搔き傷がついてしまった。

この惨状を見て、激昂しない父親はいないだろう。

しかし、加害者である男は我が子である。

躾としてそれなりの怒りはぶつけたが、

それ以上はリアルな家庭内暴力になるので、

そこで止めておいた。

 

男の子はやはり、やんちゃであると実感した昨晩であった。

男の子の育児をしている主婦・主夫の方々は、

暴れまわる子供の躾を一体どうしているのだろうか?

いいアドバイスがあれば是非教えていただきたい。

 

ところで、子供達はその後すぐに仲良く遊び始めた。

私と妻の前に、妻のブラジャーをつけた娘と、

私のパンツを被った息子が現れたのはまた別の話である。f:id:syufuninaru:20180718075418j:imageオクラの花が満開である。

No,65 ピノキオ

んな大好きディズニー映画。

先日、「ダンボ」の話をしたところであるが、

今日は「ピノキオ」についてである。

この作品を見た事がない人であっても、

話の内容を知っている方は多いと思う。

 

例のごとく、知らない人のために少し説明しておこう。

1940年にウォルト・ディスニーの手によって制作されたアニメーション映画が、

この「ピノキオ」である。

古い映画であることは間違いがない。

(私の趣味の一つに古典映画鑑賞というものがある。詳しくはNo,61 ダンボを参照されたい)

原作はカルロ・コッローディという実に発音のしにくいイタリア人のようだ。

(このブログを書くまでカルロ・コッローディなんぞ知らなかった。Wikipedia様様である。)

2002年には名作「ライフイズビューティフル」で有名な、

ロベルト・ベニーニによって実写化されている。

(「ライフイズビューティフル」は、それはそれは素晴らしい超名作である。見てない人は是非鑑賞することをお勧めする。)

映画の内容は例によって、面倒なので割愛する。

この映画はダンボと同様、相当古い映画であるため、

ホームセンターにて100円〜500円程で叩き売りされている。

興味のある方は、小銭を持ってホームセンターに行くことをお勧めする。

 

さて、「ピノキオ」をテーマにした理由は、

昨晩、子供に「ピノキオ」を見せたからである。

 

5歳になる娘と1歳半を越す息子は、

前半、大変楽しそうに「ピノキオ」を見ていた。

それもそのはず、前半はキラキラとした素敵な雰囲気に包まれた映画なのである。

あの有名な「星に願いを」がこの映画から生まれた理由も頷ける。

 

しかし、後半に入り、

物語は急展開を迎える。

アルフレッド・ヒッチコックも驚くほどである。

ヒッチコックサイコは名作である。知らない人は是非見ていただきたい。)

ピノキオがどんどん悪の道に引き摺り込まれてしまうのである。

子供にとっては少々刺激が強いかもしれない。

 

物語が進むにつれ、うちの子供達はとてもわかりやすい反応をした。

徐々に眉間のシワが深くなっていったのである。

そして、とうとう、娘が号泣するに至ってしまった。

娘が耐えられなかった恐怖シーンは、ピノキオの仲間たちとピノキオがロバにされてしまうシーンであった。

ダークな色彩にダークな音楽。

そして、人間が動物に変えられてしまうという、

恐ろしい設定…。

 

あとで思い出したが、私も幼い頃この映画を見て、

同じシーンで怯えていた。

同じシーンでビビるとは、さすが我が子である。

 

映画を見終わった娘は私に言った。

「こんな映画買ってきて、パパなんて嫌い。もう2度とこの映画見ない。」

喜んでもらおうと思い、少ない小遣いで購入したというのに、

あんまりである。

 

ちなみに、息子は何も騒がず、

最後まで口をあんぐり開けて、

アホ面を崩さなかった。

さすがである。f:id:syufuninaru:20180717073809j:imageイチゴ。あと少しで食べごろである。

No,64 田舎の素晴らしさ

日、海の日で保育園も休みであったため、

午前中に娘と遊びに行った。

遊びと言っても、私の住むド田舎には、

遊園地もなければ、ゲームセンターもない。

それどころか、巨大イオンモールもなければ、

デパートもないのである。

あるのは広大な自然と、青い空のみである。

必然的に遊びとは、

虫取りや釣り、

野原を走りまくると言った、

昔ながらの原始的な遊びが中心となってくる。

 

そんな中、今日は湖に車を走らせた。

政令指定都市にお住いの方々からすれば驚愕の事実であるが、

田舎の住人は大人1人に一台車を所有している。

もちろん私も例外ではい。

私は、日本を代表するスーパーブランドHONDAの車を所有している。

排気量が660CCもあり、実によく走る。

さすが本田宗一郎である。

 

皆様は湖といえば何を想像するだろうか?

琵琶湖だろうか?

そこに巣くうブルーギルブラックバスなどの外来種であろうか?

私の家に近い湖は、そんなに広くないし、

外来種も存在しない。

山々に囲まれた、素晴らしいビューが広がるのだ。

生息する生き物もなかなか素晴らしい。

住む魚たちはウグイやマス、ギギュウなどの純国産魚。

飛んでくる鳥たちも、地味な色をした純国産鳥。

子供の教育にここまで素晴らしい環境はそうそうないだろうと思っている。

 

湖に着いた私たち親子は、

早速地元若者カップルに大人気の足漕ぎボートに乗り込んだ。

ここの湖は、手漕ぎボート、足漕ぎボートに乗船できる事が一番の目玉なのである。

都会のそれのように、乗れば別れると言った”呪い”もかかっていないので、

地元のカップルたちは、

こぞってこのレジャーを楽しむのである。

 

炎天下の中、足漕ぎボートに乗って叫声をあげる娘。

それを微笑ましいく見守る私。

しかし、この時の私は恐ろしい事実に気がついていなかったのである。

 

乗船して、しばらく、私達の足漕ぎボートは中々前に進まなかった。

優しい私は、

「ボート漕いだら?」

と、娘に優しいくアドバイスをした。

しかし、娘は私のアドバイスに対して渋い顔を向けたのである。

 

その理由は、

足漕ぎボートが大人の乗船を前提に設計されていたからである。

つまり、5歳児の娘では、ペダルに足が届かないのだ。

この瞬間、ペダルを漕ぐ役は、

私一人と言うことになってしまった。

 

水の抵抗力というのは結構強い。

そこそこの力を込めて漕がなければ、

ボートは前に進んでくれない。

炎天下の中、必死にペダルを漕ぐ私。

「いけ、いけー!」

と興奮する娘。

 

汗だくの私。

「前のボートを追い抜けー!」

と興奮する娘。

 

汗だくの私。

「もっと早く漕いで!」

と興奮する娘。

 

地獄であった…。

 

足漕ぎボートは20分の乗船時間が確保されているのだが、

炎天下で20分もボートを漕ぎ続けるのは自殺行為以外の何物でもない。

ギャーギャー騒ぐ娘を尻目に、

私は、開始15分で陸に足をつけたのであった。

 

岸に戻るや否や、貸しボートのおじさんが、

「大変だっただろ?」

とニヤニヤしながら言ってきたが、

私は疲れ果て、返答することもできなかった…。f:id:syufuninaru:20180716132228j:imageここがその現場である。実に素晴らしい景色である。

No63 ピアノ

今も昔も習いごとの定番といえばピアノである。

何故か?

一次成長の過程で音楽をさせると、

清い心が育つそうだ。

 

ヤマハ音楽教育のホームページに足を運んでみると、

こう記述してあった。

ちなみに、音楽での教育を音育と言うらしい。

 

”音育とは、音楽を通してこころを育てることです。

ヤマハでは、音楽のさまざまな楽しみ方を学びながら感性を育てていきます。”

 

なるほど。

音楽教育は”こころ”や”感性”が育つらしい。

かなり抽象的な説明である。

 

だが、この文章にあるように、

音楽が何らかの効果を子供に与えてくれるのだと言うことは、

事実のようだ。

 

考えても見れば、私が音楽を始めたのは小学生の頃…。

一次成長期はとっくの昔に過ぎ去ってしまっていた。

音育をしてこなかったのだ。

私がこんな擦れた文章を書くようになってしまったのもそのせいだろう。

もし、一次成長期にしっかりと音育に取り組んでいれば、

もっと美しい文章を作るようになったに違いない。

 

前置きが長くなったが、

実は私の5歳になる娘は、ピアノを習っている。

その腕前はなかなかのもので、

鍵盤を滅茶苦茶に叩き、

フリージャズさながらの前衛的な演奏をする。

 

ピアノ教室中でも、音楽への集中力はすごい。

何と言っても、ピアノ教室で塗り絵をしてるくらいなのだ。

 

音育の効果はいずこ…。

 

そんな娘が、昨晩、私の思いをぶち壊す発言をした。

私が何となくギターを弾いていた時である。

アイスクリームを頬張りながら、娘が突然こう行った。

「ねえ、パパ。私はいつになったらピアノやめるの?」

気持ちよく、Stevie Ray Vaughanのlenny

(知らない方は検索されたい。名曲である。)

を弾いていた私の指は凍った。

「ピッ、ピアノはずっとやるんだよ。パパを見てごらん、この年になってもギターを弾いているだろう。」

あまりの驚きに、私の声は震えていた。

娘は、「えー。パパはギターが好きだからでしょ。」

と言うことは娘はピアノが嫌いなのであろうか?

ピアノを習わせると言うことは親のエゴなのであろうか?

 

オーギュスト・ロダンの「考える人」のように硬化する私…。

笑顔でアイスを頬張る娘。

親の考えと子供の考えは必ずしも一致しないと言うことである。

 

それでも、ほんの数%の可能性を期待して、

娘のピアノの才能開花を待っている私であった。

 

1歳の息子も、もう少ししたらピアノをさせたいと思っている。

f:id:syufuninaru:20180715090946j:image胡瓜の花が咲いた。

 

No,62 キス

スと言ってもkissではない。

魚のキスである。

 

遊びに真面目な私は、

本日、早朝4時に起き、

友人を誘い、キス釣りに行った。

 

釣りというのはいいものである。

私が釣りをする理由は楽しいからという以外にも、

3つの理由がある。

 

一つは釣りというレジャーが安上がりだからである。

もちろん本格的に趣味として凝り始めれば、際限なく金のかかる趣味であるのだが、

私の場合は、たまにキスかアジを釣りに行く程度である。

よって、一度釣り道具を揃えてしまえば、

必要なのは500円程度の餌代くらいのものである。

驚くほどランニングコストがかからない。

 

もう一つは、食べることができるということである。

500円で魚を沢山釣り上げる事が出来れば、

元が取れる。

繰り返すようだが、私の釣る魚はキスかアジなので、

坊主ということはまずない。

当然、友人と釣りをしていると、楽しい。

その上晩飯に釣った魚が並ぶ。

最高である。

 

最後の理由は、ここが海に面した田舎だからである。

田舎なら畑を耕すか、魚を釣るのが休日であると、

相場が決まっているようなものなのだ。

 

さて、今日は最高のキス釣り日和だった。

空は晴れ渡り、

海は凪。

早朝の気温はそんなに高くないときた。

これで釣れなければ、神の悪戯以外の何物でもない。

 

開始数分。

友人の釣竿がヒットした。

20センチを超える大物であった。

その後、私の釣竿もビクビクッと反応があり、

針にはキスが食らいついていた。

「やっぱりこやつらは阿呆だな。」

私はニヤリとほくそ笑んだ。

釣りは実に面白い。

特に、今日のように沢山釣れると楽しさは何倍にも膨れ上がる。

釣りバカ日誌の浜崎伝助が釣りバカであるのも頷けると言うものだ。

私と友人は大興奮し、その後9時までの約5時間を釣りに費やすのであった。

 

「安い」

「うまい」

「楽しい」

の三拍子そろったレジャーは、

釣り以外に思いつかないと言ったら過言であろうか?

 

話は変わるが、私が釣りに行っている間、

家に義理の母親が訪ねてきた。

「あら、パパはどこに行ったの?」

という質問に、娘が泣きそうな声でこう答えた。

「パパはね、海に行って帰ってこないの。」

義母は私が海で遭難したと勘違いして、

狼狽したということらしい。

天然というのはこのことを言うのだろう。f:id:syufuninaru:20180714105743j:image命を無駄にしないよう、全て美味しくいただこうと思う。